熊本地方裁判所 昭和52年(ワ)371号 判決 1978年10月13日
原告
平野勲
ほか一名
被告
高口好美
ほか二名
主文
被告らは各自原告らそれぞれに対し金二三一万七二五七円及び内金二一一万七二五七円に対する昭和四九年八月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを二〇分しその一を原告らの負担としその余は被告らの連帯負担とする。
この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判と主張
原告らは、「被告らは各自原告らそれぞれに対し金二四〇万二二五七円及び内金二二〇万二二五七円に対する昭和四九年八月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一 被告前川稔は、昭和四九年八月二五日午後四時項、普通乗用自動車を運転して、熊本県天草郡大矢野町大字登立地内の十字路交差点を通過する際、横断歩道上を通行中の原告らの長男平野靖幸(当時満六歳)を同車前部で跳ねとばし、腹部外傷(腎臓破裂)の致命傷を与え、同日午後五時五〇分項、同人を死亡するに至らせた。
二 被告前川は、前記交差点内を通過するに際し、横断歩道の手前で一旦停止中のバスを前方に認めながら、横断歩行者の有無等の安全をなんら確認することなく、バス右側を通過して追越そうとした過失により本件事故を発生させたものである。よつて、同被告は、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。
三 また、被告前川は、被告福山英城の使用人であるところ、被告福山のための業務の遂行として右自動車を運転中本件事故を発生させたものであるから、被告福山は、使用者として、民法七一五条一項により、本件事故による損害を賠償する義務がある。仮に、同被告が使用者でないとしても、監督者の地位にあつたものであるから、同法七一五条二項により同一の責任を負うべきものである。
四 被告高口好美は、右自動車の保有者であるから、自賠法三条により、本件事故に基因する平野靖幸の生命、身体の侵害により生じた損害を賠償する責任がある。
五 平野靖幸は、本件事故により次のとおり損害を蒙つた。
(一) 治療費 八万四八六五円(ただし、内金七万円のみを本訴において請求する)
(二) 逸失利益 九二八万四五一五円
同人は、本件事故当時満六歳の康健な男児であり、少なくとも満一八歳から六七歳まで四九年間稼働しえたものであるから、昭和四九年賃金センサスにより算出される一八歳から一九歳までの男子労働者の年間賃金総額の平均である一〇〇万九九〇〇円を基礎にして、その逸失利益について中間利息を控除して算出すると、右金額となる。
(三) 慰藉料 五〇〇万円
同人の死亡による慰藉料は右金額を下らない。
六 右損害合計額(ただし、治療費は七万円のみ)は、一四三五万四五一五円となるところ、自賠責保険より金一〇〇〇万円の補償金、被告らより二五万円の損害賠償の内払いがあつたので、右損害残額は四一〇万四五一五円となるところ、原告らはその損害賠償請求権の二分の一宛を相続により承継取得した。
七 原告らは、共同して、亡靖幸の葬祭費三〇万円を負担支弁済であり、さらに、本件弁護士費用として四〇万円を共同して支払う約束をしている。
したがつて、原告らのそれぞれにおいて、被告ら各自に対し請求しうべき本件損害賠償額は合計二四〇万二二五七円となる。
八 よつて、原告らは、それぞれにおいて、被告ら各自に対し、右金二四〇万二二五七円及び弁護士費用を除く内金二二〇万二二五七円に対する本件事故発生の日である昭和四九年八月二五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と述べ、被告らの各抗弁に対する答弁として、
一 被告高口主張の抗弁は全て否認する。
二 被告前川主張の抗弁事実中、原告らが治療費八万四八六五円全額を自賠責保険より補償金として支給を受けていること、原告らにおいて、本件損害賠償の内金として、被告前川から二五万円(前記第六項記載の二五万円に同じ)、被告福山から五万円、合計三〇万円の支払を受けていることは認めるが、右金額以上に支払を受けていることは否認する。
と述べた。
被告高口好美は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として、
一 原告主張の請求原因第一ないし第三項は知らない。同第四項は争う。同第五ないし第七項は知らない。
二 被告高口は、本件事故に関しては、自賠法三条にいわゆる運行供用者となつていなかつたものである。すなわち、被告高口は、本件事故当日の約一週間程前に本件自動車を購入したものであるが、訴外太田輝美が被告高口に無断で右自動車を運転して長洲港に出掛け釣に興じてる間に、被告前川がさらに太田に無断で同車を運転してドライブに出掛けて本件事故を惹起させたものであるから、被告高口の支配を全く離れた状況下に本件事故が発生したものというべく、同被告が運行供用者としての責任を問わるべきいわれはない。
と述べた。
被告前川稔は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として、
一 原告主張請求原因第一項は認める。同第二項中、被告前川が停車中のバスの右側を通過する際、本件事故を発生させたことは認める。同第五項中(一)ないし(三)の各損害発生の点は認める。ただし、(一)の治療費は一二万円である。同第五項中原告らにおいて自賠責保険から一〇〇〇万円の補償金の支払を受けたことは認める。同第七項中原告らが共同して亡靖幸の葬祭費三〇万円を負担支弁したことは認める、その余の点は知らない。
二 被告前川は、原告らに対し、治療費一二万円、葬祭費三〇万円、香典一五万円合計七五万円を支払済である。
と述べた。
被告福山英城は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、
原告主張請求原因第一、第二項は認める。同第三項は否認する。同第五項、第七項は知らない。
と述べた。
第二証拠関係
一 原告
(一) 甲第一ないし第一一号証
(二) 原告平野勲
二 被告高口
(一) 証人太田輝美、被告高口好美
(二) 甲第一ないし第七号証の成立は認める、その余の甲号各証につき認否しない。
三 被告前川
甲号各証について認否しない。
四 被告福山
甲第一ないし第七号証の成立は認める、その余の甲号各証につき認否しない。
理由
一 被告前川穏が、昭和四九年八月二五日午後四時頃、普通乗用自動車(以下、加害車という)を運転して熊本県天草郡大矢野町大字登立地内の十字路交差点を通過する際、横断歩道上を通行中の原告らの長男平野靖幸(当時満六歳)を同車前部で跳ねとばし、腹部外傷(腎臓破裂)の致命傷を与え、同日午後五時五〇分頃同人を死亡するに至らせたことは、被告前川、同福山の両名においてこれを自白するところであり、被告高口に対する関係においては、同被告において成立を認める中第一ないし第七号証、公文書であるから真正に成立したと認める甲第八ないし第一〇号証及び原告平野勲の尋問の結果によつて右事実を全て肯認しうるところであつて、これの反証はない。
二 公文書であるから真正に成立したと認める甲第一ないし第八号証(甲第一ないし第七号証については、被告高口、同福山の同名において成立を認める)によれば、被告前川は、前記交差点内を通過するに際して、同交差点左方道路から進行してきたバスが同交差点の前方に設置された横断歩道手前の同交差点内で一且停止するのを、前方約三六メートルの地点に認めながら同横断歩道上の歩行者の有無等の安全を確認することなく、漫然右バスが自車に進路を譲つたものと即断して時速約四〇キロメートルでバス右側を追越して進行したため、バスの前方の横断歩道上を左方から右方に向い横断歩行してきた平野靖幸を跳ねとばしたことが認められ、これに反する証拠はないから、被告前川は右横断歩道上の歩行者の有無等安全の確認を怠つた過失により本件事故を発生させたものといわざるをえない(被告福山においては、被告前川が、前記交差点内を通過するに際し、横断歩道手前で一且停止中のバスを前方に認めながら、横断歩行者の有無等の安全を確認することなく、バス右側を追越そうとした過失により本件事故を発生させたことを自白し、被告前川においては、同被告が停車中のバスの右側を通過する際、本件事故を発生させたことを自白する)。
したがつて、被告前川は、不法行為者として、右事故により生じた損害を賠償する責住があるものといわざるをえない。
三 被告福山の本件事故についての責任について判断を加える。
前顕甲第四、第五号証及び原告平野勲の尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、被告前川は、本件事故当時訴外株式会社福山総業の従業員であつたところ、同社社長である被告福山が他から借りて来た加害車を運転し、被告福山他一名を同乗させて、同社の業務上必要な船舶の借入れをなすべく、長洲町所在の同社を出発し、天草松島に向つたものであるが、途中で日曜日であるから借入れることのできる船はないだろうとの話がでたものの、ドライブをも兼ねてそのまま天草へ向い進行中本件事故を発生させたものであることが認められ、証人太田輝美の証言中これに反する部分は措信しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。したがつて、被告前川は、株式会社福山総業の従業員として業務に従事中本件事故を発生させたものであり、被告福山は同社の社長として自ら借入れて来た加害車に同乗して同社の業務のため天草へ向つていたものであるから、同被告は民法七一五条二項にいわゆる監督者の地位にあつたものというべきであり、本件事故につき賠償責任を免れない。
四 次に、被告高口が自賠法三条にいわゆる運行供用者として本件事故につき責任を負うか否かについて検討を加える。
被告高口は、本件事故当日の約一週間程前に加害車を購入したものであることは、同被告において自認するところであるから、同車が本件事故発生時において同被告の支配を逸脱していたものと認められない限り、自賠法三条の運行供用者としての責任を免れないものである。
しかして、被告高口は、訴外太田輝美が無断で加害車を運転して長洲港に出掛けた際、さらに被告前川が同車を無断で運転して本件事故を発生させたものであつて、被告高口の支配を全く離れた状況下にあつたものである旨主張するけれども、本件全立証によるもこれをにわかに自認し難いのである。先ず、証人太田輝美の証言中、被告前川が加害車を無断で運転していつたものであるかの如く述べる部分が措信しえないものであることは前記のとおりである。また、証人太田輝美は、同人が被告高口に無断で加害車を運転し長洲港に釣に出掛けたものである旨証言し、被告高口好美もその本人尋問中においてこれを符合する供述をするのであるが、これを仔細に検討すると、太田輝美は土木建設業を営んでいて、同乗者である被告高口にその下請をさせているものであること、被告高口は、太田の弟の案内で工事現場へ出掛ける際、加害車を同被告方にキーを付けたまま駐車させていたところ、太田が加害車を借用して出掛けたものであること、太田は、以前にも同被告の自動車(加害車購入前に使用していた自動車)を明示の承諾なしに運転して出掛けたことがあることを証人太田も被告高口もともに述べているのであるから、太田と被告高口とは互に心安い関係にあり、被告高口は自己の自動車を太田が乗り廻したりすることを事実上黙認する間柄にあり、また、太田においても被告高口の黙示の了解があるものと考えて同被告の自動車を運転していたものであつて、当然同被告への返還が予定された状況のもとに加害車を借用して運転する所為に及んでいたものと進認されるのであり、したがつて、証人太田輝美、被告高口好美の各供述中、太田が被告高口に無断で加害車を運転して長洲港に釣に出掛けた旨述べる部分は信用することができない。
被告前川が本件加害車を無断で運転中に本件事故を発生させたものではなく、被告福山が加害車を借用して来て、被告前川に運転させて天草へ向う途中本件事故が発生したものであることは前記のとおりであるところ、本件においては、被告福山が加害車を借用するに至つた経緯が一切明かにされないのであるが、この点に関しては、挙証責任を尽さない被告高口の不利益に認定するほかないものというべく、他に被告高口の前記主張を肯認するに足る証拠のない以上、加害車が被告高口の支配から全く逸脱した状況のもとに本件事故が発生したものと認定することはできない。
したがつて、被告高口の前記主張は採用に由ないものといわざるをえず、同被告は、加害車の運行供用者として自賠法三条にしたがい本件賠償の責に任すべきである。
五 被害者靖幸の生命、身体の損傷によつて生じた損害について判断する。
弁論の全趣旨により成立を認める甲第一一号証と原告平野勲の尋問の結果を綜合すれば、亡靖幸については本件事故の結果、八万四八六五円の治療関係費を要したことが明かであつて、これを覆えすに足る証拠はない。
亡靖幸の死亡に伴う逸失利益について考えるに、同人が本件事故当時満六歳であつたことは前記のとおりであるところ、前顕甲第九号証と原告平野勲の尋問の結果によれば、靖幸は、健康な男児であつたことが明らかであるから、満一八歳から満六七歳まで四九年間稼働しえたものと考えられ、昭和四九年賃金センサスにより算出される全学歴平均の一八歳から一九歳までの男子の年間賃金総額の平均である一〇〇万九九〇〇円を基礎にして生活費五〇パーセントを控除しその逸失利益をホフマン式係数により中間利息を控除して算出すると、別紙計算書記載のとおり九二八万四五一五円となる(右損害発生の点については、被告前川において自白するところである)。
亡靖幸の慰藉料は、同人の死亡時の年齢、本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌し、五〇〇万円が相当と認められる(右損害発生の点については、被告前川において自白するところである)。
しかして、右各損害について、自賠責保険より、治療費金額八万四八六五円及びそのほかさらに一〇〇〇万円の補償金の支給を受けたこと、さらに被告前川から二五万円、被告福山から五万円、合計三〇万円の賠償金の内払いを受けたことは、原告らにおいて自認するところである。被告前川は、右金額以上に賠償金の内払をしている旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない(甲第一〇号証によれば、原告らは、加害車の同乗者のうち被告福山以外の者一名から五万円の香典を受領していることが認められるが、同人が本件事故につき損害賠償責任を負うものとは認められない本件においては、社交儀礼上の香典として贈与されたものと認めるのが相当であつて、本件賠償金の内払とは認め難いのは勿論である。甲第五号証及び原告平野勲の尋問の結果によれば、原告らから本件損害賠償に関し示談交渉の委任を受けた者が被告前川方からクーラー、テレビ、ステレオを持ち出し、ステレオは代価一万五〇〇〇円で他に処分しクーラー、テレビは原告らにおいて受領していることが認められるのであるが、原告平野勲の尋問の結果によれば、右の示談の委任を受けた者が度々被告前川方まで赴いて示談交渉を行つたものの結局示談成立に至らず徒労に終つたことから、示談交渉のために要した交通費の補償及び日当支弁の話がでてこれに充てるべきものとして、被告前川が右クーラー、テレビ、ステレオを交付したものと認められ、甲第五号証中これに反する記載部分は信用できない)。
したがつて、右各損害額の残額は、三九八万四五一五円となるところ、公文書であるから真正に成立したと認める甲第九号証及び原告平野勲の尋問の結果によれば、亡靖幸は原告両名の長男であることが明かであるので、原告らは、亡靖幸の右損害残額の賠償請求権の二分の一宛、すなわち一九九万二二五七円宛を相続により承継取得したものである(右相続による承継取得の点は、被告前川、同福山において明らかに争わない)。
被害者である亡靖幸との身分関係上、原告両名は、共同してその葬儀を営むなどして相当額の葬祭費を支弁しているものと認められ(被告前川は、原告らが葬祭費として三〇万円を支出したことを自白する)、同人の年齢等に照らし、その費用としては二五万円をもつて相当因果関係ある損害額と認める。また、原告らは、本訴請求を弁護士に委任してなしているのであるから、それぞれ少なくとも二〇万円宛の弁護士費用を要し、これは金額相当因果関係ある損害と認める。
以上のとおりであるから、原告らそれぞれが本件損害として賠償請求をなしうべき額は二三一万七二五七円となり、被告らは各自右金額を原告らそれぞれに対し本件損害賠償として支払うべき義務があり、この義務は不真正連帯債務の関係に立つものといわざるをえない。
六 したがつて、原告らの本訴請求は、それぞれにおいて、被告ら各自に対し右金額及び弁護士費用を除いた内金二一一万七二五七円に対する本件事故発生の日である昭和四九年八月二五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延利息の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条九三条一項、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ通用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 金澤英一)
別紙 計算書
1,009,900円×(1-0.5)×(27.602-9.215)=9,284,515円